約 1,076,762 件
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1777.html
「なるほど、事態は把握したよ」 シルフィードの背中、身元を隠す黒いローブの下でギーシュは頷いた。 その隣で、同じくタバサが頷く。双月の光が降り注ぐ夜空を、ルイズ達は モット伯の屋敷へと飛んでいた。 「だけどどうするんだい?」 「止めるの」 「・・・止める?何をだね?」 「ギアッチョをよ」 「・・・何だって?」 意味がよく分からず、ギーシュはぽかんとした顔でルイズを見る。 少し俯いた顔で、ルイズは話し始めた。 「・・・そういうことなら、協力しないわけにはいかないね」 ルイズの説明に、ギーシュは納得したという顔で答える。 それを受けて、しかしルイズは「だけど」と返した。 「今回のことは冗談じゃ済まないわ 最悪の場合、あんた達の 家名にまで係わることになる・・・無理をする必要は、」 ルイズの言葉を遮って、彼女の頭にぽんと掌が乗せられる。 「それで、私達が帰ると思ってるわけ?」 「・・・キュルケ」 ルイズの頭をぐりぐりと撫でながら、キュルケは一見皮肉めいた 笑みを見せる。 「あなた達を助けるって『覚悟』してるから皆ここにいるんでしょう? いらない思量はしなくていいの」 ギーシュとタバサは片や鷹揚に、片や静かに頷いた。ルイズはそれを見て、 「・・・・・・うん」 少し恥ずかしげに――しかし満面の笑みを浮かべた。 ――あ・・・ キュルケは気付く。この少女は、こんなにも綺麗に笑うことが出来たの だと。もう二度と、この子の笑顔を裏切りはしない。言葉にこそしないが ――それはキュルケだけではない、この場の全員の決意であった。 地図を頼りに森を行くギアッチョの眼前に、大きな屋敷が姿を現した。 「おう、旦那 どうやらここみてーだぜ」 「ほぉ こりゃまた大層なお屋敷じゃあねーか」 夢に出てきたあの屋敷よりは幾分小さいが、と心の中でどうでもいい ことを付け足すギアッチョにデルフリンガーは一つ疑問を投げかける。 「しかし旦那、具体的にはどうするんだ?嬢ちゃん掻っ攫ってとんずら っつーわけにもいくめぇ この警備じゃあよ」 木陰から伺えば、確かに門前と庭内には数人の衛兵。そして彼らと 共に、蝙蝠のような翼を生やした犬という悪魔合体の産物の如き 生き物が数体庭を闊歩している。それらをちらりと一瞥して、 ギアッチョは詰まらなさそうに息を吐いた。 「奴らを排除してモットの野郎を殺す それで仕舞いだ」 「・・・そうかい ま、俺ァ人殺しの道具だ とやかくは言わねーよ」 「・・・とやかく言いたいことがあるってわけか?」 「いんや、俺ァ旦那の相棒だかんな ――ただ、ま・・・ ルイズは悲しむんじゃねーかと思ってよ」 「・・・・・・」 呟くようなデルフの声で――ギアッチョの口は数秒動きを止めた。 「チッ・・・」 何故か脳裏をよぎったルイズの泣き顔を掻き消そうと一つ舌打ちして、 ギアッチョは無理矢理に言葉を吐いた。 「・・・それだけか?言いたいことはよォォーー」 人の身であったならば溜息の一つもついただろう。それが敵わぬ デルフリンガーは、ただ淡々と質問を続ける。 「いや、もう一つ スタンド・・・だったよな そいつを使う力、 もう殆ど残ってねぇんだろ?大丈夫なのかと思ってよ」 そう。確かに自分のスタンドパワーは今にも底をつこうとしている。 誰にも言いはしないが、少しでも気を緩めようものならがくりと 膝を落としてしまいそうだった。彼の心身は、今それ程までに 疲弊しているのである。しかし、 「問題はねえ」 ギアッチョがそれ以外の言葉を口にすることなど有り得なかった。 「旦那・・・」 納得し兼ねるといった声を出すデルフに目を向けて、ギアッチョは 面倒臭そうに言葉を継ぐ。 「オレの目的はあくまでシエスタとモットだ 雑魚共をいちいち 相手にしてる程暇じゃあねーぜ ・・・そもそもだ、わざわざ スタンドを出すまでもなくこっちにはてめーがいるんだからな」 「へ?・・・お、おおよ」 いきなりの不意打ちに、デルフリンガーは少々上擦った声を上げた。 考えてみれば、ギアッチョが己への信頼をこうして言葉にしたのは 初めてのことなのである。力の化身のようなこの男が口にした 信頼の言葉に、デルフリンガーは密かに感動していた。 喋れるように鞘から少し露出させていた刀身をすらりと引き抜いて、 ギアッチョはその心中も知らず彼を無造作に肩に担ぐ。隠れていた 木陰から数歩歩み出て、不機嫌そうな顔のまま口を開いた。 「行くぜオンボロ」 「任しとけ・・・ってうぉい!結局オンボロ呼ばわりかよ!」 それは、彼女のような平民は眼にしたこともないような巨大な 浴場だった。モット伯の邸内に設けられたそこに、シエスタはもう 随分長く浸かっている。身体が茹だってゆくにも構わず、彼女は その最後の安息地から腰を上げることを頑なに拒んでいた。 「・・・どうして・・・」 震える肩を抱きながら、シエスタは一人呟いた。呟いてから、その 先に何を続けたかったのかを考えて自己嫌悪に陥る。どうして こんな目に遭わなければならないのか、どうして自分なのか、 どうしてこれが許されるのか――考えれば考える程に出てくる それらは、まるで己の卑小さを嘲る刃のようにシエスタ自身に 突き刺さった。 「そうよね・・・」 シエスタはその口に、諦念混じりの自嘲を浮かべる。そうだ、 恨み言をいくら吐こうが何も変わりはしない。この世界は 「そういうもの」なのだから。平民にとってメイジは天災。それは 比喩ではなく、正しく言葉通りの意味でそうなのだ。平民如きが 何をどう足掻こうが覆らない災禍。洪水や嵐と違うのは――彼らが 意思を持っているということだけだ。そしてそれ故に、メイジは 時として災害よりも凶悪な存在にすらなる。 だから。そういうものだと割り切るしかないのだ。例え彼らに 襲われようが、奪われようが、そして殺されようが・・・それは 仕方の無いことなのだと。メイジとは、貴族とは、そういうもの なのだから。 …ぽたりと。伏せた瞳からこぼれた一滴の雫が、水面を震わせる。 心を抑えることは出来ても――涙を抑えることまでは出来なかった。 我知らず漏れていた嗚咽と共に、シエスタの綺麗な瞳からは次々と 涙がこぼれ落ちる。 「お金なんていらない・・・ 皆と仕事をして、マルトーさんや ギアッチョさん達と色んな話をして、たまに故郷へ帰って・・・ それでよかったのに・・・ それで幸せだったのに・・・」 止めようとして止まるものではなかった。何も変わらないと 知りながら、シエスタは静かに泣き続ける。 最後の安息、その終焉を告げたのは、シエスタと同じくこの館で 働く侍女の一人だった。浴場の入り口から一言、「伯爵が寝室で お待ちです」そう淡々と伝えると、老境の侍女はそのまま立ち去った。 「・・・・・・」 永遠にも思える時間を、シエスタは祈るように沈黙した。それが 無駄だということは、誰より己が解っている。それでも、何かに 祈らずには居られなかった。 そうして数秒、震える両肩から手を離し、彼女は静かに閉じていた 眼を開く。 「・・・最後に、ギアッチョさんにお別れを言いたかったな・・・」 もはや叶わぬことを呟くと、シエスタはごしごしと涙を拭い―― 諦観に染まった表情で、ゆっくりと湯船から立ち上がった。 「うぐっ」 「あがっ」 屋敷の門外、高い塀の向こうからからくぐもった声が二つ続けざまに響き、 庭内を巡回していた三人の衛兵は不審げに顔を見合わせた。視線の先、 格子状の門の外には何者の姿も見えない。静かに目配せし合うと、彼らは その手の槍を素早く構えて門へと駆け出した。 一分後。塀に身を隠すギアッチョの目の前に、合わせて五人の衛兵達は 折り重なって倒れていた。 「とりあえずは、こいつらで全部だな」 「意外だね、気絶でとどめるたぁ」 左手の先で笑うデルフリンガーに、ギアッチョはいつもの仏頂面で答える。 「オレは別に殺人鬼じゃあねー」 デルフリンガーは、そう言いながら自分を鞘に戻そうとするギアッチョに 向けて早口に口を開いた。 「旦那、あの犬コロ共はどうすんだ?あいつらァすばしっこい上に空を飛ぶ 相手してる間に騒ぎに気付いた衛兵連中が集まってくるぜ」 「・・・問題はねえ」 対するギアッチョの反応は、実に淡々としたものだった。そのままデルフを 鞘に納めて、彼は開きっ放しの門から躊躇無く庭内へと侵入する。 「ぐるるルるる・・・」 一歩足を踏み入れたその途端、六匹の怪物犬は唸りを上げながらギアッチョ 目掛けて走り出した。そう訓練されているものか、彼らは一瞬にして ギアッチョの周囲を逃げ場無く取り囲む。翼の生えた黒い犬が血走った 眼で獲物を囲んでいるその光景は、正に地獄の様相と言うに相応しかった。 常人ならば失神してもおかしくないそれを、ギアッチョはただ面倒臭げに 一瞥する。自分達に恐怖を感じていないその様子が気に入らないのか、 黒い獣達は一斉に刃のような牙を剥き出した。そのまま怒りに任せて獲物を 引き裂かんとするその瞬間、 「ああ?」 ギロリと。圧倒的な怒気と殺意を宿すギアッチョの凶眼に刺し貫かれて、 六匹の魔物はまるで石像のように硬直した。 「・・・ぐ・・・ぐるるる・・・」 怯えるはずの人間に、今恐怖を感じているのは紛れも無い彼らだった。 直接ギアッチョの双眸と対峙していない後方のニ匹でさえ、ギアッチョの 放つ極寒の炎の如き殺意に身動き一つ取れなかった。 魔眼の巨人や魔除けの籠目を例に出すまでもなく、古来より「眼」に ある種の力を認める類の譚話は世界中に散見するが――今、彼ら六匹の 魔犬は正にそれを実演するかのように停止していた。 それを何でもないような様子で確認して、ギアッチョは一言低く、 「行け」 と呟く。その瞬間、彼らはきゃんきゃんと喚きながら我先に空へと 逃げ出していった。 「・・・すげーな、旦那」 呆けたような声を出すデルフリンガーに、ギアッチョは無感動に答える。 「急ぐぞ」 ルーンの刻まれた左手ですらりと魔剣を抜き放つと、邪魔者のいなくなった 前庭を、ギアッチョは眼にも留まらぬ速さで駆け抜けた。 「何だきさ・・・はぐぉッ!!」 右の拳で玄関の番人の一人を問答無用で殴り飛ばし、同時に左手の剣は もう一人の喉元へ流れるように突きつける。 「なッ・・・!?」 「ちょっと訊きたいんだがよォォォ~~~ モット伯とか言う野郎はどこだ」 突然の状況に眼を白黒させている番兵を、ギアッチョは静かに問い詰めた。 「き、貴様・・・何のつもりだ こんな狼藉が許されると――」 言い終わらない内に、ギアッチョはデルフリンガーの刀身を番兵の喉に 軽く触れさせる。 「ぐッ・・・」 「聞こえなかったっつーわけか?ええ、おい?」 ギアッチョは、「三度目はねぇぜ」と低く呟いて繰り返した。 「モット伯はどこだ」 「・・・・・・は、伯爵は・・・」 諦めたように口を開く男の右手の動きを、ギアッチョは見逃さなかった。 虚を突いて繰り出された槍の穂先をデルフリンガーがまるでバターを 切るように両断すると、右手で男の首を掴んでそのまま館の壁に叩きつける。 「ぐッ・・・!」 「いい返事だ 下衆野郎に殉じな・・・」 ここまで倒して来た衛兵達と違い、この男にははっきりと顔を見られている。 首を掴む右手にぎりぎりと力を込めるが、苦しげにもがくだけで何かを 喋ろうともしない。この様子では懐柔も難しいだろう。 「大した根性じゃあねーか・・・そいつに敬意を表して一瞬で終わらせてやる」 そう言いながら、しかし躊躇なく剣を構える。胸に狙いを定め、一気に 貫こうとしたその時、 「待って!!」 上空から聞きなれた声が響き――同時に放たれた風がデルフリンガーを 弾き飛ばした。 「・・・何のつもりだ」 気絶させた番兵から手を離すと、デルフを拾いながらギアッチョは シルフィードを見上げる。返事の代わりに、ルイズ達はひらりと地上に 飛び降りた。ルイズはそこから一歩を進み出て、曇りの無い瞳で ギアッチョを見つめる。小さく息を整えて、彼女はゆっくりと口を開いた。 「ギアッチョ・・・もう誰も殺さないで」 「・・・ああ?」 見ようによっては恫喝的にも感じられるギアッチョの視線に、 ルイズは臆さず向かい合った。 「もう十分よ・・・お願い、これ以上殺さないで」 「今更だな 何人殺そうが何百人殺そうが、オレには同じことだぜ」 「・・・違うわギアッチョ あんたが殺してるのは――自分の心よ」 「・・・・・・」 かぶりを振ってそう言うルイズに、ギアッチョはわずか絶句した。 「ギアッチョ、もういいのよ もう誰も殺さなくていいの 今の あんたは暗殺者なんかじゃないんだから」 「・・・御主人様らしく命令でもするってか?」 「――命令することは簡単だわ だけどそれはわたしの意志 それじゃ何の意味もないのよ わたしじゃない、ギアッチョ自身の 意志でそうして欲しいの!だからギアッチョ、お願い・・・もう 誰も殺さないで!」 ルイズの懇願に眩暈のような錯覚を覚えて、ギアッチョは思わず壁に 片手をついた。それ程までに、ルイズの言葉は今のギアッチョには 眩しすぎた。 「・・・今更、オレにどう生きろっつーんだ」 「人生」、表現を変えればそれは個人の歴史と言えるだろう。歴史とは 即ち記憶――ならば人生もまた、記憶の集積であるはずだ。そして ギアッチョは、真っ当な人間であった頃の記憶など、とうの昔に捨てて いた。彼の記憶は暗殺者の記憶、彼の人生は暗殺者の人生。それは 殺人を生業とする異常極まりない世界で自己を保ち続ける為の手段で あった。異常な世界で生きるには、それを異常だと感じる原因を 抹消してしまえばいい。ギアッチョはそうして、身も心もその全てを 殺戮に染めていた。 存在する理由を、手段を失くした時、人には何も出来なくなる。 正に暗殺という二文字で成立していたギアッチョの自己同一性は、 今届かぬ蜃気楼のようにその姿を揺らめかせていた。 「・・・オレは暗殺者だ 人殺しだからオレなんだよ」 「それは違うわ!!」 ルイズは怒ったように否定する。 「何が違う?暗殺者っつー事実だけがオレの全てだ オレは殺す為に 生まれ、殺す為に生きてんだ そいつを取り上げりゃあよォォーー オレにゃあ何も残りはしねえ」 「違う・・・そんなことない!!」 吐き捨てるギアッチョに、ルイズは更に語気を強めて遮った。 何かを言おうと同時に口を開いていたギーシュ達は、互いに顔を 見合わせて言葉を飲み込む。今はギアッチョの主に全てを任せて おくべきであろうと思われた。 「そんなことない・・・!ギアッチョはいつもわたしを助けてくれた、 わたし達を導いてくれた・・・あんたが何を否定しても、それだけは 変わらない事実だわ!」 「ハッ・・・そんなもんはおめーら他人が作り上げたただの幻だろーが」 話にならないとばかりに笑い捨てるギアッチョから、ルイズは尚も 眼を逸らさずに言い放った。 「幻で何が悪いのよッ!!」 双眸の深奥まで深く見通すようなルイズの眼差しに、ギアッチョは 再び言葉を失った。 「・・・貴族が、どうして平民の上に立っているか分かる? 魔法が使えるからよ 力ある者は、敵に背を向けてはいけないの 天に授かったその力で、身を挺して弱者を守る者・・・それが 本当の貴族なのよ」 「・・・・・・」 「・・・だけど、わたしは魔法を使えない ねえギアッチョ、 あんた今『殺す為』って言ったわよね それは自分に生きる理由が あるってことでしょう?・・・わたしにはそれがなかった 魔法の使えない貴族に、存在価値なんてない・・・わたしは ずっと叱られ、疎まれ、蔑まれてきたわ ゼロのルイズとは よく言ったものよね・・・誰の役にも立たない、貴族の務めも 果たせない、誰にも必要とされない、生きる理由も意味もない ――わたしは何もかもがゼロだったわ」 凛として己を見つめながらそんなことを言うルイズに、ギアッチョは 眉をひそめる。ルイズの口から、ギアッチョは後ろ向きな言葉など 聞きたくはなかった。半ば話を中断させるように、その口を開く。 「・・・一体何が言いた――」 「だけどッ!!」 それすらも遮って、ルイズはギアッチョに言葉を投げかけた。 「だけどこんなわたしを友達と呼んでくれてる人がいるの!! 彼女達がわたしに抱いている感情は幻だわ、だけどキュルケ達は その為に命を賭けてくれた!!それが悪いことなの!?違うわ、 絶対に違うッ!!」 「・・・ッ」 「・・・ねえギアッチョ わたしを必要としてくれてる人がいる ように、わたしにもあんたが必要なの 暗殺者なんかじゃない、 使い魔でもない・・・ギアッチョという一人の人間が必要なのよ!」 ルイズの叫びは、ギアッチョの心に激しく響き渡った。彼女の言葉、 そのどこにも偽りはないのだろう。だからこそ、ルイズ達はここへ やってきたのだから。だがそれでも、ギアッチョは言葉を返せない。 己に向けられた幾多の信頼に、友愛に応えるべきだとギアッチョは 今そう思えていた。しかし、それでもその口からは言葉が出ない。 暗殺者であることを辞めることは、リゾット達への裏切りではないかと いう思いが、彼の心を縛していた。 『・・・お前は振り向くな 過去に囚われるな』 ルイズの声の残響に合わせるかのように突如リゾットの声が聞こえ、 ギアッチョはハッとして顔を上げる。 『オレ達の影に――縛られるな』 ――・・・そうだったな 誰にも聞こえない声で、ギアッチョは静かに呟いた。 ――迷わねーと誓ったばかりじゃあねーか・・・オレはよォォーー 夢中に聞いたリゾットの言葉は、ギアッチョの迷いを容易く打ち砕いた。 口角を皮肉めかせてつり上げると、ギアッチョはがしがしと頭を掻いて ルイズに向き直る。 「・・・勘当されてもしらねーぞ」 「わたしには家柄なんかより――ギアッチョのほうがよっぽど大切だわ」 応えてくれたギアッチョに向けて、ルイズは吹っ切れたように笑った。 「――で、どうする気なんだおめーら」 静かな玄関前で、彼らは額を寄せ合って会話を交わす。当然の疑問を 発したギアッチョに、代表してキュルケが返答した。 「別に殺すことだけが口封じの手段じゃないわよ?」 キュルケは意味ありげに笑うと、ギアッチョに作戦内容を開陳した。 数分後。全てを聞き終えて、ギアッチョは凶相を面白そうに歪めた。 「おめーらもよォォ~~ 中々えげつねーこと考えるじゃあねーか ええ?」 「だ、だってそれしか手段がないってキュルケが・・・」 渋々といった顔のルイズに眼を向けて、キュルケはしれっと言い放つ。 「あら、他に策がないこともないわよ だけどあんな下衆にはこれで 丁度いいわ」 「ま、違いねーな」 ギアッチョとキュルケは互いを見合わせてニヤリと笑う。不安げな表情の 中に「オラわくわくしてきたぞ」という心境が見て取れるギーシュと 本に眼を落としながらもどこか楽しそうなタバサを見遣って、ルイズは 「もうどうにでもなれ」とばかりに溜息をついた。 ギイと音を立てて、軋んだ扉が開く。打ち合わせもそこそこに、 ギアッチョ達は邸内へと侵入した。その瞬間、 「貴様ら何者だ!」 警備兵の野太い声が響いた。黒装束に身を隠した人間が勝手に侵入して 来たのである。それを見咎めない者などいようはずもなかった。 心臓が飛び出る程に驚いたルイズやギーシュを制して、キュルケは 平然と口を開く。 「あなた、モット伯から何も聞いていないのかしら?私達は"アレ"を 届けに来たのだけれど」 「・・・納入は来週だと聞いているが」 「予定より早く用意出来たのよ 納品は早ければ早い方が、伯爵も お喜びになるでしょう?」 「・・・そういうことなら、こっちだ」 キュルケの言葉をあっさり信じ込み、警備の男はモット伯の部屋へと 先頭に立って歩き始めた。 "アレ"が何かなど、キュルケは勿論知る由も無い。モット伯のような 男ならば、口に出すのも憚られるような禁制の品を取引していたと しても何もおかしくはないと読んでカマをかけたのだった。そんな 品物の配達人なら、身元を隠す姿をしていることに何の問題もない。 そこまでの判断を一瞬の内にやってのけるキュルケに、ルイズ達は 舌を巻いた。 扉の向こう、廊下の方で「ぶがッ!?」という間抜けな声が聞こえ、 一拍置いて何かが倒れるような音。部屋の主には聞こえなかったらしい それら小さな音の後に、今度は扉がコンコンと大きく音を立てる。 モット伯は鬱陶しげに眉をひそめて、やって来たばかりのシエスタに ぶっきらぼうに手を振った。 「出なさい」 「・・・はい」 シエスタはいつもの快活さからは想像出来ない緩慢さで扉へ向かう。 がちゃりと扉を開けて、 「何用ですか?」 言い終わったと同時に、驚きで固まった。 「帰るぞ」 あちこちに巻かれた包帯の上からでもはっきりと分かる、無愛想な 顔の男がそこにいた。 一目会いたかった人が、自分を救いに来てくれた。それが――どれ程 残酷なことか。ここでギアッチョに縋ってしまえば、逃げてしまえば。 彼はきっとモット伯への罪で処断されてしまうだろう。シエスタに そんな選択が出来るわけはなかった。ギアッチョの眼を見ないように 俯いて、シエスタは冷たい声で言い放った。 「・・・お引き取りください」 拒絶の意志を表したシエスタを、ギアッチョもまた冷厳と見下ろす。 彼女の細い肩がか弱く震えていることに気付かないギアッチョでは なかった。 「断る」 「・・・っ」 シエスタは一瞬見せた泣きそうな顔をすぐに正して、ドアの握りを持つ 手に力を込める。 「・・・お引取り、ください」 そう言いながら扉を閉めようとするが、 ガンッ! ギアッチョは素早く片足を滑り込ませてそれを止める。 「断る、って言ってんだろーが」 ギアッチョの断固たる声に、シエスタは半ば諦めたように顔を上げた。 「・・・ダメです、それじゃギアッチョさんが」 「問題はねー オレを信用しな」 「・・・だけど」 尚も抵抗するシエスタを読めない瞳で見つめて一つ溜息をつくと、 ギアッチョは身体を半身にずらした。その後ろに見えた数人の顔に、 シエスタはハッと息を呑む。 「・・・オレで足りねーなら――こいつらの分の信用も足してくれ」 ミス・ヴァリエールとミス・ツェルプストー、ミスタ・グラモンに ミス・タバサまでがそこにいた。ここに来ることがどれだけ危険か、 彼女達が知らぬわけがない。家名にまで累が及ぶ危険を冒して、 彼女達は自分を助けに来てくれたのだ。それは彼女達の誠実さを、 何よりも雄弁に物語っていた。 「・・・・・・はい」 シエスタはおずおずと頷いた。貴族であっても、彼女達は信じられる。 彼女達の瞳、そのどこにも欺瞞の色などなかったから。 「何だ貴様ら・・・何をしている!!」 突如聞こえた怒号に、ギアッチョ達の視線はシエスタの背後に集まる。 不機嫌さを隠しもせずに、モット伯がそこに立っていた。 「・・・シエスタを頼んだぜ、おめーら」 シエスタの肩を抱いて、ギアッチョは彼女をルイズ達へ押しやった。 そのまま一歩進み出し、黒装束の下の顔を暴かんとするモット伯の 視線を身体で遮る。一連の流れで、モット伯には大体の事情が掴めた ようだった。怒りに顔を歪ませて、モット伯は手元の呼び鈴を乱暴に 鳴らした。 「許さんぞシエスタ・・・ 衛兵!!何をしている、はやくこやつらを 捕えよ!!私は置物に金を払っているつもりはないぞッ!!」 その瞬間聞こえ始めたどたどたという多数の足音に軽く舌打ちして、 ギアッチョはルイズ達に追い払うように手を振った。 「行け」 答える代わりに、タバサはシエスタに向けて何事か呟いた。それを 理解したシエスタとタバサが先頭に立ち、ギーシュを引き連れて 長大な廊下を走り出す。それを追いかけようとするルイズを、 ギアッチョは何の気なしに皮肉った。 「今日はいつもみてーにしつこく念押ししなくていいのか?ええ?」 ギアッチョの背中を向けながら、ルイズは肩越しに顔を覗かせる。 「・・・必要ないもの わたしはあんたを信じてるわ」 そう言い切って刹那笑うと、彼女は今度こそタバサ達を追って走り去った。 「・・・調子が狂うぜ 全くよォォォ」 ギアッチョは頭を掻きながら、ぎゃあぎゃあと何かを怒鳴り散らす モット伯へとキュルケと共に向き直った。 「このような夜更けに・・・薄汚い平民風情がよくも我が楽しみを 邪魔してくれたな」 嗜虐に満ちた表情で、モット伯は呼び鈴を投げ捨てる。 「貴族の前で剣を抜いた平民は、殺されて文句は言えぬ 覚悟は 出来ているのだろうな?」 「剣?オレはそんなもんを持った覚えはねーぜ」 ひょいと両手を上げて、ギアッチョは無手をアピールする。彼の 身体のどこにも、デルフリンガーの姿は見当たらなかった。しかし モット伯はそんなことはどうでもいいといったように哂う。 「分からんか?『どうとでもなる』ということだ・・・特に貴様らの ような身元も知れぬ平民の場合はな 女共なら再利用してやるが、 男に用は無い・・・ここで死ね」 「・・・身も心も腐り切ってるっつーわけか?やれやれ、これで 無くなったな・・・仏心を出してやる理由はよォォォ~~~」 この場にデルフがいれば「ハナっから許す気なんざさらさらねーだろ」と でも突っ込まれそうなセリフを吐いてポキポキと拳を鳴らすギアッチョに、 モット伯は心底愉快そうに下卑た笑いを上げた。 「ぬはははははははッ!!これは面白い!トライアングルの私に、この 波濤のモットに素手で挑もうと言うのかね!ふふふははははは! こんなところで命を賭けた寸劇が見られるとは思わなかったぞ!! もっとも、平民風情がいくら矢弾を持ってこようがこの私に傷一つ つけられはせぬがな!」 「波濤だか佐藤だかしらねーが・・・ごちゃごちゃ抜かしてねーで とっととかかってきなよ ええ?おい オレは出来てるんだぜ・・・ 『覚悟』はいつでもな」 余裕の挑発にピクリと眉を上げかけるが、モット伯は口よりも魔法で 黙らせることを選んで杖を構えた。キュルケが数歩後退すると同時に、 モット伯は杖で空を切る。飾られた花瓶がコトリと倒れ、注がれていた 水が赤い絨毯にぶちまけられた。続けてルーンを唱えると、こぼれた 水は映像を巻き戻すように宙に浮かぶ。細長い水の鞭と化したそれは、 杖の動きに合わせてギアッチョに襲い掛かった。 「便利な魔法じゃあねーか 寝たきりになっても自分で水が飲めるぜ」 「寝るのは貴様よ、ただし土の中でだが・・・なッ!!」 言葉尻に篭った気合と共に、水鞭はギアッチョの右手を打たんと 飛来する。ひょいと手を上げてそれを回避するが、凶器と化した水は 生き物のようにくねり、しつこく右手を追いかける。身体を捻って 避ければ次は左手に襲い掛かり、飛び避ければ今度は右。次は左手、 また左手、右手、左手、右、右、右。水の蛇は執拗にギアッチョの手を 狙い続ける。 「いい趣味してやがるぜ」 モット伯の意図を理解して、ギアッチョは悪鬼の如き表情で笑った。 まずは両手を壊し、次は恐らく両足を狙う。そうして敵を無抵抗に しておいて、後はたっぷり嬲るつもりなのだろう。 「どうやらしっかり教えてやる必要があるらしいな ええ?」 まるでダンスのようなステップで攻撃を躱しながら、喉の奥で笑う。 「てめーが戦ってんのは一体誰なのかを、な・・・」 ギアッチョの纏う空気が――鋭く冷たい刀剣のようなそれに変じた。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/153.html
ゼロの番鳥-1 ゼロの番鳥-2 ゼロの番鳥-3 ゼロの番鳥-4 ゼロの番鳥-5 ゼロの番鳥-6 ゼロの番鳥-7 ゼロの番鳥-8 ゼロの番鳥-9 ゼロの番鳥-10 ゼロの番鳥-11 ゼロの番鳥-12 ゼロの番鳥-13 ゼロの番鳥-14 ゼロの番鳥-15 ゼロの番鳥外伝 「ルイズ最強伝説」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/649.html
朝早く、まだ生徒達が目覚める前。 ルイズとギーシュは馬に鞍をつけ出発の準備をしていたが、ギーシュはなぜか地面を気にしている。 「何キョロキョロしてるのよ」 「いや、実はだね…僕の使い魔を連れて行きたいんだ」 と、ギーシュが言ったとたんに、ルイズの足下が持ち上がり、ジャイアントモールが現れた、ギーシュはそれに抱きいて「僕の可愛いヴェルダンデ!」とのたまっている。 「臭いを嗅ぐなッ!」 ルイズは顔を真っ赤にして、ヴェルダンデの頭をべちん、と叩いた。 地面に降りたルイズは、連れて行っちゃダメだと告げた。行き先が『アルビオン』だからだ。 話を聞いているのかいないのか分からないがヴェルダンデは突然、ルイズを押し倒した。 「何なのよこのモグラ!やめなさいったら!」 鼻で体をまさぐり始めたヴェルダンデは、ルイズの右手の薬指に光るルビーを見つけると、それに鼻をすり寄せた。 アンリエッタ姫から預かった水のルビーを見ながら、ギーシュは「なるほど」と呟く。 「なるほど、指輪を見つけて喜んで居るんだね。ヴェルダンデは宝石が大好きだからねぇ」 「感心してないで助けなさいよ!」 そんな風にモグラとルイズが戯れていると、一陣の風が舞い上がり、モグラだけを吹き飛ばした。 「誰だッ!」 ギーシュが怒りを隠しもせずわめく、風の吹いた方向を見ると、朝もやの中から長身の貴族が現れた。 羽帽子をか被ったその男は、グリフォンから降りてギーシュを一別した。 「貴様、ヴェルダンデになにをする!」 ギーシュが杖を掲げようとすると、それより一瞬早く、長身の貴族が杖を引き抜いて、風の魔法でギーシュの杖を吹き飛ばした。 「僕は敵じゃない。姫殿下より同行を命じられていてね…。君たちだけでは心許ないらしい。」 そう言いながら帽子を取る。 「お忍びの任務であるゆえ、部隊つけるわけにもいかぬ、そこで僕が指名された…ってワケだ」 帽子を胸の前に置き、長身の貴族が一礼した。 「女王陛下の魔法衛士隊、グリフォン隊隊長、ワルド子爵だ」 ギーシュは魔法衛士隊と聞いて、相手が悪いと知った。 魔法衛士隊とは、家柄だけでは決して与えられない、実力がなければその地位には決して就くことができない、若きメイジ達のあこがれの地位なのだ。 「あのジャイアントモールは君の使い魔かね? だとしたら、すまない。婚約者がモグラに襲われているのを黙って見ているわけにはいかないのでね」 「ワルドさま……」 立ち上がったルイズが、震える声で言った。 「久しぶりだな!ルイズ!僕のルイズ!」 ワルドはルイズを抱き上げた。 そんな人物がルイズの婚約者だと知って、ギーシュはあんぐりと口を開けた。 「ワルド様、この間馬車の中で『またすぐ会える』と言っておられたのは、この事だったのですね」 「ああ、…ふふ、相変わらず、きみは羽のように軽いな」 ワルドは抱きかかえていたルイズを地面に下ろすと、朝靄の向こうから聞こえてくる蹄の音に耳を傾けた。 「お取り込み中失礼致しますわ、ミス・ヴァリエール」 馬に乗って現れたのは、ミス・ロングビルだった。 そして簡単な自己紹介が始まった。 封書と、水のルビーを預けられたルイズ。 アルビオンに入るまでの間、護衛を任せられたロングビル。 道中の護衛をつとめるワルド。 おまけのギーシュ。 ギーシュは『自分よりはるかに腕の立つ男』と、『学院長の秘書になるほど腕の立つメイジ』に挟まれ、この任務を手伝うことが出来た幸運に体を震わせた。 ロングビルは生徒に魔法を見せたことは無いが、学院長の秘書になるぐらいだから実力があるのだろう…などと、生徒達の間で噂されているのだ。 顔見せが終わった後、ワルドはグリフォンに跨り、膝の上にルイズをのせた。 「では諸君! 出撃だ!」 グリフォンが駆け出して、ギーシュとロングビルの馬が後に続き、アルビオンに向けて走り出した。 そんな出発の様子を見ている者が居た。 学院長室の窓から、アンリエッタ姫がルイズ達を見ていたのだ。 アンリエッタは目を閉じて祈る。 「彼女たちに、加護をお与えください。始祖ブリミルよ…」 その隣ではオスマンが鼻毛を抜いていた、アンリエッタは緊張感のないオスマンが気になり、オスマンの方に振り向いた。 「見送らないのですか?」 「ほほ、ワシは友達のお願いを聞いた生徒が勝手に出かけていくとしか聞いておりませんでな」 意地悪そうに呟くオスマンに、アンリエッタは少し嫌そうな顔をした。 オスマンではなく、自分が嫌になる。 自分は、どれだけ『おともだち』に迷惑をかけたのだろうか。 今までのアンリエッタであれば、王族の不始末は貴族がぬぐって呵るべき、と考えていたかもしれないが、今は『王族』と『友達』の間で苦しんでいる。 ただ、今はこの任務を引き受けてくれたルイズに感謝し、無事を祈るほか無かった。 「ところで、オールド・オスマン」 「はい、なんでございましょうかな」 「このミス・ロングビルを派遣して、学院に不都合はないのですか?」 「ほっほっほ、ワシの秘書と言っても大して仕事はありませんでな、それに彼女は土のトライアングル、実戦慣れもしておりますからのう」 「そうですか…ミス・ロングビルを信頼なさっているのですね」 「生徒のことも信頼しておりますじゃ」 その返事に、アンリエッタは少しだけ笑顔を見せた。 「それにしても、実戦慣れしている方を秘書に着けられるだなんて、オールド・オスマンの人脈には驚かされますわ」 「なぁに!それほど大したことでもありませんでな、酒場でワシがお尻を触っても嫌とも何とも言わない、いやこれは実に出来たお嬢さんだと思いスカウトした訳ですじゃ!」 「ハァ?」 「しかも雇ってから彼女がメイジだと分かりまして、大したことは出来ないと謙遜しておりましたが、滲み出る実力はトライアングルで上の方だと感じまして……あっ」 オスマンは自分がよけいなことまで喋ってしまったことに気づき、慌てて口をつぐんだ。 「…あ、あの、今のは冗談! あのー、なんちゃって! ハハハハ…」 ぼけ老人のふりをしようと思ったが、もう遅い。 「…そ、そんな人物を護衛に…ああ、ルイズ…」 アンリエッタは、ルイズに謝りながら気を失った。 ---- #center{[[前へ 奇妙なルイズ-16]] [[目次 奇妙なルイズ]] [[次へ 奇妙なルイズ-18]]}
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2135.html
「ここは何処だど? なんで月が2つあるど! 理解不能! 理解不能!!」 私の召喚した使い魔はとても五月蝿かった。 「五月蝿いわね!貴方を私が召喚したの! わかる?」 「あっ『理解可能』」 只の平民だと思ったらかなり反抗的な使い魔だった。 「母ちゃんが家で待ってるど! ゴン太だって家にいるど!」 だけど、結構一本筋が通ってた。 「お前が謝るべきだと! お前が二股してたから彼女達が傷ついただと!」 そして凄まじく強かった。 「あっありのままに起こった事を話すぜ…… 『1対1だと思っていたら平民の体から100体ほど幽霊が出てきてギージュに襲い掛かった』 何言ってるんだてめえって顔をしてるが催眠術や超スピードじゃねえもっと恐ろしい物の片鱗を味わったぜ」 でもちょっと欲深い 「うーそれを売れば幾らになるど………」 だからこれは破壊の杖って危険な武器なの! そして恐ろしく射程の長く数多い『槍』達を持っていた。 「馬鹿な……奴からここまで何メイルあると思っているのだ……」 「シシシッ……わるどミツケタゾ!」 ワルドは絶望的な顔をして、その『幽霊』達を見上げたのだった。 「500体の数は卑怯よ……」 ルイズは自分の使い魔を見てげんなりしていた。 4部より矢安宮重清を召喚。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/2258.html
「わからないのか? おまえは『運命』に負けたんだ! 『正義の道』を歩むことこそ『運命』なんだ!!」 目の前の小僧の高らかな勝利宣言とともに、主人の頭蓋が「ウェザー・リポート」の拳に押しつぶされた。 それと同時に自分の体から力が抜けていくのがわかった。 負けたのだ。 完全に、敗北したのだ。 人間の頂点がさらに上り詰めて行き着く能力が、負けた。 何故負けた? ウェザー・リポート如きに、徐倫のヤツの最後の悪あがき如きに、こんなちっぽけな小僧如きに、何故負けた? いくら考えても答えは出ない。 いや、出せない。 何故なら答えが出る前に、自分は消滅するからだ。 「このちっぽけな小僧がああああああああああああああッ!!!」 主人の、最後の断末魔が聞こえた。 主人の体を砕く、ウェザー・リポートの拳の音も聞こえた。 それだけだった。 もはや指一本動かない。 「時の加速」も何の意味も持たない。 ただ、終わっていくだけ。 ただ、終わっていくだけの、ハズだった。 1話 「ミス・ヴァリエール。召喚の儀式を」 生え際の後退著しい中年教師が意を決したように言う。 その教師――名はコルベールといった。 コルベールが監督するのは召喚の儀式。 ここトリステイン魔法学校にて2年生が行う中では最重要とも言える行事である。 その召喚の儀式は「あと一人」を残して、これまでのところ順調に進んでいた。 生徒は「あと一人」を除いて皆自分の使い魔を召喚できていたし、その中には風竜やサラマンダーを召喚した生徒もいた。 使い魔は主人の力量を表す。 メイジの良し悪しを見極めるその方法に則るならば、その二人はきっと偉大なメイジになるだろう。 そう思い、コルベールは目を細めた。 だが残っている「あと一人」の女子生徒のことを考えると、コルベールは気が重くなった。 別に彼女はヤサグレてる訳でもなかったし成績が悪かったわけでもない。 他の生徒とのコミュニケーションも十分に取れている。 しかしただ一つ。 本当にただ一つだが彼女には欠点があった。 そしてその欠点こそがコルベールを不安にさせていた。 が、そんなコルベールの心配をよそに―― 「はい!」 「あと一人」の女子生徒――ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエールは威勢のいい返事をした。 その返事を聞いて、コルベールはさらに気が重くなった。 「なあ…成功すると思うか?」 「いや、いくら『ゼロ』でも召喚の儀式ぐらいは…」 「でもあの『ゼロ』だぜ?」 「だよなあ…失敗するかもだよなぁ~~」 ルイズの儀式を見守る生徒たちのヒソヒソ声からは、彼らがコルベールと同じ考えであることが容易に推測できる。 ハッキリ言って、ルイズの儀式の成功を期待していないのだ。 そんな周囲の声がまるで聞こえていないかのように、あるいは聞こえていながらも無視しているのか、 ルイズは他の生徒たちには見向きもしない。 そして詠唱を始める。 「宇宙の果てのどこかにいるわたしのシモベよ! 神聖で美しく、そして強力な使い魔よ! わたしは心より求め、訴えるわ…我が導きに答えなさい!!」 詠唱が終了した。 そして―― ドッグォォォォォオオオオオオオオン!!! 爆発したッ! 爆風で土くれと砂埃が巻き上げられ、ルイズもまた突き飛ばされたように地面にしりもちをついた。 召喚の儀式は、失敗した。 「オホッオホンッオホン!」 「ゲホッゴホッ! クソッまたやったな『ゼロ』!」 「使い魔の召喚にさえ…ゲボッ! 失敗するなんて君も筋金入りだなッ!」 周囲から聞こえてくる罵倒をルイズは地面に座りこんだまま聞いた。 そして泣きたくなった。 (なんで…どうして『成功』しないのよぉ~~~~~~~~~!) 成功するために何回も何回も練習した。 昨日は召喚のゲートもちゃんと出てきた。 なのに――なのに失敗した。 なんで失敗した? たかが召喚の儀式なのに! 昨日は成功したのに! 何で? どうして? いくら考えても答えは出ない。 いや、出せない。 何故なら―― 「お…おい!煙の中に何かいるぞ!」 「ホントだ! でもあのシルエットは…」 「サルにしちゃあ背が高すぎるし…」 「人間にしたってあれはデカすぎる!2メイルくらいはあるんじゃないか?」 「じゃあ亜人? オーク鬼か何かってことか?」 「おい! 煙が晴れるぞ!」 何故なら、ルイズは召喚に成功していたからだ。 砂埃から現れたのは、実に奇妙ないでたちの人間、いや亜人だった。 贅肉の一切見当たらない真っ白な筋肉質の身体には文字のようなものがびっしり彫りこまれており、 頭には奇妙な形の頭巾、そしてその身に纏うのはいずれも紫がかった黒色の襟巻きと短パン、リストバンドにブーツのみで、 しかも襟巻きと短パンの二つが体の正中線で帯のようにつながっている。 民族衣装だとかその類だとしても、かなりきわどい、いや、むしろ変態的な格好だ。 しかもよく見てみれば、耳も鼻もこの亜人には無い。 削がれたような傷が無いあたり、生まれつきそれらを持っていないとでも言うのだろうか? (なに…何なのコイツ? こんな亜人、あたし図鑑でも見たことなんて…) そんなことを考えていると、この亜人がルイズの方へと歩み寄ってきた。 だがその姿は何か変な感じだ。 亜人の身長はかなり高い。 2メイルあるかないかってぐらいに高い。 なのに足音が全くしない。 亜人に踏まれた芝生にも足跡が全くついていない。 まるで体重がすごく軽いかのようなのだ。 そうして亜人はルイズの前に立つと、口を開いた。 「聞キタイ事ガアル」 それはまったく人間的でない声だった。 合成音声のような、加工された声のような、そんな声だ。 「しゃ、喋った?」 「喋ッチャア悪イカ」 仏頂面で亜人が言葉を返す。 「ココハドコダ?」 「こ、ここ? トト、トリステインの、ま、魔法学院、よ」 「トリステイン……魔法学院……」 亜人はそう呟くと、何か考えるように押し黙った。 トリステイン。魔法学院。 どちらの単語も亜人の記憶にはないものだった。 加えて、亜人の目の前に広がる光景も珍無類だ。 全員が示し合わせたようにマントをつけ、脇には動物を侍らせている。 動物の中にはファンタジー世界から抜け出してきたようなのもいる。 しかも全員が全員、自分が見えているらしい。 まったくもって、ワケがわからない。 既に消滅したはずの自分が、何故まだ存在している? それに何故、今自分は「メイド・イン・ヘブン」でなく「ホワイトスネイク」なのだ? 何故こんなものを見せられている? いくら考えても、見当がつかなかった。 「ち、ちょっとあんた!」 「何ダ?」 思考を遮られた亜人が無愛想な声でルイズに答える。 「あ、あんた、どういう種族なの?」 「『スタンド』ダ」 「すたんど?」 「……知ランノカ?」 「……初めて聞いたわ」 「…………」 「…………」 「スタンド」が見えている以上「スタンド」という言葉を知っているのは当然とする亜人。 一方スタンドなどという種族名など聞いたこともないルイズ。 嫌な沈黙が亜人とルイズの間に流れた。 周囲の生徒たちは、先ほどから固唾を飲んで亜人とルイズの会話を見守っていた。 だがこの有様に耐えられなくなったのか、近くの者とヒソヒソと喋り始めている。 「なあ、あれ……亜人、だよな?」 「でもあんなの見たことないぜ?」 「オーク鬼みたいなのとは全然違う……エルフの仲間かしら?」 「エルフは耳が長いのよ? あの亜人、耳がないからきっと違うわ」 「じゃあ一体…………」 そしてここにきてコルベールもようやく我に返る。 長年教師であり研究者であったコルベールにとって、 この未知の亜人はあまりにも衝撃的過ぎたからだ。 慌ててコルベールはルイズと亜人の元へ駆け寄った。 「ミ、ミス・ヴァリエール……召喚は無事に成功したようですし、使い魔との契約を行ってください」 「契約って……」 ルイズはその言葉の意味を頭の中で確かめると、目の前の亜人を見上げた。 ……コイツと××しなきゃならないの? この亜人……少なくとも弱くはなさそうだ。 「風邪っぴき」のマリコヌルのフクロウよりはずっと強いだろう。 でも亜人だ。人間じゃないけど、トロールとかよりはずっと人間だ。 それなのに……本当にコイツと××するの? まだしたこともないのに、初めてなのに……。 ルイズがあまり考えたくない事実と直面している最中、亜人が口を開いた。 「使イ魔、トハ何ダ?」 「一般的にはメイジに仕える動物のことだ」 「『メイジ』トハ何ダ? ソレニ私ハ動物ジャアナイゾ」 「メイジとは魔法を使う者のことだが……うむ……そう、だね。確かに君は動物じゃあない」 「魔法ヲ使ウ……? ソレニ……仕エル、ダト?」 亜人はその言葉の意味を頭の中で確かめると、目の前の少女を見下ろした。 ……コイツに仕えなきゃならないのか? あり得ない。 こんな小便臭い小娘に、一度は世界を滅ぼしかけた自分がへーこらするのか? マジにあり得ない。 かつての主人との落差があんまりにも大き過ぎる。 お互いがお互いを否定する不毛すぎる状況。 そこにコルベールの声がかかる。 「ミス・ヴァリエール。時間がもうありませんので……」 「…………」 コルベールの言葉にこの世の残酷さを感じるルイズ。 だがコルベールの言うとおりだった。 やるしかない。 「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。 五つの力を司るペンタゴン、この者に祝福を与え、我の使い魔と為せ」 杖を振って口訣を結び、いざ……となったところで気づいた。 ルイズの身長は150サント。 対して亜人の身長は2メイル。つまり200サント。 ……届かない。 「あんた、しゃがみなさい」 「何デダ」 「いいから、しゃがみなさい」 「私ニ頭デモ下ゲサセルツモリカ?」 プッツ~~ン! その瞬間、世の不条理への怒りと強情かつ不遜な亜人の態度への怒り。 その二つの入り混じりの感情をルイズは露わにした。 「しゃがみなさいって言ってんでしょうがッ!」 つまり、キレたッ! その怒りは満身の力となって右足に込められ、そして亜人の足を思いっきり振り下ろされるッ! ドグシャアッ! 「グオォッ!」 予期せぬ奇襲に、思わず呻いて体を折る亜人。 その瞬間―― ズキュゥゥゥーーーーーン! ××は――「キス」は完了したッ! 「コッ、コノ小娘! 一体何ヲ!」 「うるさいうるさいうるさい! 私だって、あんたなんかにファーストキス捧げたくはなかったわよ!」 理不尽にも足を踏みつけられた怒りと、スタンドによる攻撃でないにもかかわらずダメージを受けたことへの困惑、 その二つの入り混じりの感情を亜人は露わにした。 一方のルイズは貴族のファーストキスをこんな亜人に捧げなければならなかったことへの怒りと屈辱感。 その二つの入り混じりの感情で反撃した。 その直後だった。 「ヌゥッ……左手ノ、甲ガ……焼ケル!?」 亜人は焼けつく痛みの発信源に目を向ける。 するとそこには、彼(?)が見たこともない、奇妙な文字が記されていた。 「ふむ……珍しいルーンだな」 その文字を上から覗き込んだコルベールがそう言った。 「さて、皆無事に使い魔の召喚を終えたようだし教室に戻ろうか」 コルベールの言葉に従い、生徒たちは「フライ」の呪文で校舎の方へと飛んで行く。 その光景を亜人は痛みも忘れて凝視していた。 「……奴ラハドウヤッテ飛ンデルンダ?」 「『フライ』よ。そんなことも知らないの?」 ルイズが不機嫌そうに亜人の疑問に答える。 「知ラン。『フライ』トハ何ダ?」 「魔法よ、魔法!」 「魔法、ダト?」 「そうよ、魔法よ!」 「……信ジラレンナ」 「……あんた、いったいどこから来たのよ?」 何から何まで話が通じないことを、ルイズと亜人は互いに理解した。 だがひとつだけ、ちゃんと通じた会話があった。 「ところであんた、名前とかあるの?」 「……ホワイトスネイク。ソレガ私ノ名前ダ」 To Be Continued...
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/815.html
食堂につくまでの間ルイズは自分の使い魔についてかんがえていた。 (トリッシュはいい使い魔?だけど…なんというか…私、下にみられてるっ!?って感じがするのよねぇ~! 考えてみれば昨日の夜から情け無い姿しか見せて無いし…もっとご主人様らしく威厳を示すべきよね?うん、決めた!もっとご主人様らしくしなきゃ!) 食堂に着くとテーブルには豪華絢爛な料理が並んでいた。 (フランス料理のフルコース…朝っぱらから?…うっ) トリッシュはみているだけで気持ち悪くなった。朝からこんな重たい料理を食べる何て…正気か?というのがトリッシュの偽らざる気持ちだ。みているだけで胸焼けしてきそうだ。 「ここにあるのは貴族のための料理。使い魔のための料理はこっちよ」 ルイズが指差した先にはスープとパンが二切れのった飾りの無い貧相な皿がある。 「そう、わかったわ」 「しょうがないわね、そんなに言うなら…っていいの!それで!?」 「かまわないわ」 トリッシュは短く答えると、ルイズの隣の席に座ろうとする。 (え~?いいの!?なんで?そんなものじゃそこらの平民だって満足しないものじゃないの!?っていうか折角ご主人様が特別に私の分を分けてあげようとしているのに…! 察しなさいよ!……ばかっ!) ルイズは当初の予定が狂って少し混乱したがトリッシュがいすに座っているのを見てにや~っと口角を吊り上げて何かたくらんでる悪い顔をした。 「トリッシュ…ここは貴族の食卓なのよ!そのいすには貴族しか座ってはいけないのよ!…でも、しょうがないわね、私が頼んで特別に……」 「そう、わかったわ。じゃあ私は外で食べることにするわ」 「…て、外で食べるの!?」 「ええ、だめかしら?」 「え?いや、だめってことは無いけど…」 「なら、外で食べてくるわ。食べ終わったら食堂の前で待っているわ」 「え?あ、うん。わかった」 トリッシュはさっさと皿を持って食堂を後にした。 ルイズはただ呆然とトリッシュを見送った。 教室に入ると生徒達はトリッシュを連れたルイズをみてくすくす笑っている。 ルイズは不機嫌そうに席に腰かけ、トリッシュもその隣に座った。 (ここは、貴族専用よ!でも、特別に座らせてあげるわ!って言ったらトリッシュはどっかいっちゃいそうね…) ルイズは何とかご主人様としての威厳をトリッシュに見せたいと思っていた。 中年の女性が入ってきて授業が始まった。 「皆さん、春の使い魔召喚は大成功のようですね。 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期にさまざまな使い魔を見るのを楽しみにしてますのよ」 シュヴルーズは教室を見渡しやがてルイズの隣に座るトリッシュに目を向けた。 「おやおや、また変わった使い魔を召喚したようですね、ミス・ヴァリエール」 シュヴルーズがそういうと教室はどっと笑いに包まれ生徒達はルイズを馬鹿にしだした。 「ルイズ!使い魔を召喚できないからって平民を連れてくることは無いだろ!」 「ゼロのルイズ!サモンサーヴァントもまともにできないなんて!さすがはゼロ!」 トリッシュは無言でスパイス・ガールをだした。 「ルイズ、こいつら黙らせましょうか?」 「いいのよ、いわせたい奴らには言わせとけば」 ルイズは首を横に振る。 (ルイズが黙っているのに、私が切れるわけにはいかないわね) トリッシュも黙っていることにした。 ただ、いま馬鹿にした奴らの顔を覚えておくことにはしたが。 授業が始まり中年のメイジは土系統のすばらしさについて恍惚とした表情で語っている。 生徒達は少し引いてた。 トリッシュは机に肘を突いてそれを聞いているのかいないのかわからないような顔をしている。 ルイズは横に座るトリッシュを見つめていた。 (考えてみれば…私はトリッシュについて何も知らないのよね…どんな奴なのかも、どこから来たのかも。 なにより、トリッシュが従えている『使い魔』、スパイス・ガールについても…トリッシュはあれはスタンドだって言ってたけど、スタンドってなにかしら? 確か、精神がどうのこうの言ってたような…今度ちゃんと聞かなきゃ!) ルイズはそれにしてもと思う。 (さっきの私は結構ご主人様としていいかんじだったんじゃ~ないかしら? 馬鹿にされてもきれることなく受け流した私!大人の対応って奴かしら!) にやにやしながらトリッシュをみるルイズ。なかなか不気味だった。 「ミス・ヴァリエール!使い魔が気になるのはわかりますが授業には集中してください! そうですね、ミス・ヴァリエールあなたにやってもらいましょう」 やってもらう?ルイズはまったく聞いていなかったためなにをすればいいのかわからない。 しかし教室の生徒達の間には戦慄が走る。 「やめといたほうが…」 「危険」 「ルイズの爆発はマリコルヌの体を除けて通る…ルイズの爆発はマリコルヌの体を除けて通る…」 生徒達の中には逃げ出そうとするもの、机の下に隠れるもの、ぶつぶつと壊れたラジオのように祈りをささげる奴までいる。 「な…なんですか!?あなた達は!?ミス・ヴァリエールの錬金が何だって言うのです!?ミス・ヴァリエール。 周りの声など気にせずやってごらんなさい」 「ルイズ、お願い…やめて」 キュルケは悲痛な顔をしながら言った。 しかし、ルイズは立ち上がり教壇に向かった。 (ちゃ~んす!これで成功すればきっとトリッシュはもっと私を見直すはずよ! 大丈夫、召喚の儀式も成功?したし!) ルイズはなんか今日はできそうな気がする…と根拠の無い自信を発揮した。 それは、ルイズは知らないがドラゴンボールを読んだ少年達が「なんか今日は出そうな気がする…」とかめはめ波を出そうとする気持ちに似ていた。 全国で1億人くらいはやったんじゃないだろうか? 果たしてどうなったか。 教室にルイズのかめはめ波が炸裂した。いや、ちがった。ルイズの『錬金』が炸裂した。 ルイズの目の前に置かれた小石はおよそ同量の火薬でもありえないくらいの爆発がおきた。 「だからルイズにやらせるなっていったのに!」 「もう二度とルイズとおんなじ教室には入らねぇー」 「メディック!メディーック!」 教室はちょっとした阿鼻叫喚の渦だった。 そんな中渦中のルイズはけほっとかわいらしいせきをしてから言った。 「ちょっと失敗したみたいね」 「「「ちょっとじゃねーだろ!!」」」 まるでコントだった。
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/722.html
いななきを上げる馬が二頭。 虚無の曜日の早朝、ルイズとジョセフは厩舎の前で馬に乗っていた。 「いやあ、ラクダに比べると馬に乗るのは随分と楽ですのう」 ジョセフは小さい頃に乗馬も仕込まれたので、けっこうスムーズに鞍に跨っていた。 ラクダ、という聞きなれない単語にルイズが軽く怪訝そうな顔をした。 「ラクダ? 何それ」 「砂漠の辺りに生息する……まあ砂漠で馬代わりに使う生き物ですじゃ。なかなか言う事を聞かんので往生しましたわい」 ルイズは少しの間、記憶の糸を辿り……かつて昔に呼んだことのある生物事典に載っていた名前を思い出した。 「乗ったことあるの? いつ?」 「ここに召喚されるちょっと前に仲間達と旅をしてた時にですな。まあ何と言うか……ずぅいぶんとマイペースな生き物でしてな。 色々苦労しましたわい」 はっはっは、と笑うジョセフを、ルイズはじっと見つめていた。 ルイズは、ジョセフを召喚してから今日に至るまで、彼に色んな事を聞かれていたことはあるが、自分から彼に話を聞いた経験がほとんどないことに気付いた。 (……まずいわ。もしかしなくても、ギーシュやキュルケの方が私よりジョセフのことをよく知ってたりするんだわ) 自分がジョセフについて知っている事を上げてみて……まずすぎるくらい何も知らないことが今更ながら思いやられる。 決闘までもろくすっぽ話してなかったし、決闘が終わってからは自分から口を利かないようにしていた。 そもそも「武器を買ってあげるわ!」と言ったのも、何を渡せばジョセフが喜ぶのかさえ知らないから、その場で出た出任せに近い申し出ではないか。 (……うろたえないッ! ヴァリエール公爵家三女はうろたえないッ! ここから城下町まで馬でも三時間、行って帰る間にジョセフから色々話を聞けば今からでも何とかなるわ! ……うふふ……この緻密で完璧な作戦、それでこそ私よ) スポンジのように穴だらけの緻密な完璧を抱くルイズに、ジョセフはのんびり声を掛けた。 「んじゃ行きますかいご主人様」 「え、ええ。行くわよジョセフ」 そして二人はゆったりした足取りで学院の門を潜る。 門を出てから三分後、ルイズはこれ以上ない自然さを心がけて横を歩くジョセフに声を掛けた。 「え、えーとジョセフ。なんかヒマだわ、せっかくだからあんたの話とか色々聞いてあげてもいいわ! ほら、私ご主人様だから使い魔のことは何でも知っておいてあげないとね!」 ものすごい一生懸命に話題を作ってきたルイズに、ジョセフは実に微笑ましげに彼女を見やった。彼女の懸命さに応じようと、彼女の不審な態度にはあえて触れようともしなかった。 「わしの話ですか? ううむ、どんな話をすればよいですかのう。赤い洗面器の話なぞいかがですかの。こいつぁ100%バカウケの話なんですが」 今クラスメート達の間では、「赤い洗面器」という単語が出ただけで大きな笑いが巻き起こるのをルイズはよく知っていた。すごい気になる。が。 (いやいやいやっ、そういう話を今聞いてる場合じゃないわっ! ジョセフのことを知っておかなきゃならないんだから!) 甘い知的探究心を全力で押さえつけようと、ぶんぶんと大きく首を振った。 「違う違う違う! そういう話は後でいいの! ジョセフが今までどういう風に生きてこんなヘンな平民になったのかを聞きたいの! あんた、ただの平民じゃないでしょ!? 私はイレギュラーな使い魔を持ってるんだから、その辺りちゃんと聞いとかないと!」 「ふうむ。わしの話ですか……なんのかの言って、68年生きてますからの。掻い摘んでもかなり長話になっちまうんですがいいんですかの?」 「とりあえず私に必要かなーとか思う所だけ掻い摘んでくれたらいいわ。どうせあんたか私が死ぬまで一緒にいることになるんだから、時間は有り余ってるでしょ?」 彼女の言葉に、ジョセフは思わず緩く天を仰いで口をへの字にしそうになったが、それを見咎められればまたルイズが目ざとく見つけるだろうと、頑張って表情を消した。 承太郎はDIOの死体をちゃんと処分しただろう。ただ、自分の死を孫の口から妻に伝えさせようとしたのは酷だとは思う。だが、あの鏡が現れた時点での最善手はどう考えてもあれしかなかったのだから。 「どうしたのよジョセフ。なんか気に食わないことでも?」 「あー、いやいや。ご主人様に話さなきゃならんことがかんなりありましてのう。どうダイジェストにするか考えてたところですじゃ」 息をするようにハッタリをかませるジョセフの言葉に、世間知らずのルイズはそれ以上疑うことをしなかった。 「ではまずわしの事を話す前に、家のことから話すとしましょうかの。わしの家はジョースター家と言いましてな……由緒正しい貴族の家じゃったんですじゃ。ただわしのいた世界では、貴族とはここのように魔法を使える者の事ではなく……」 それから語られたことは、ギーシュ達にも語られたことのない、ジョースター家と吸血鬼の確執、人類と柱の男との激闘の歴史だった。 ルイズは話の途中で「そんなホラ話が聞きたいんじゃない」と言おうとして、垣間見えた彼の横顔にその言葉を飲み込んだ。出来れば話したくないことだが、それでもなお話さなければならないと判断した、彼の苦悩を感じてしまったからだ。 ジョセフの言葉は、全て真実だ。そう感じて、ルイズはただジョセフの話を聞き続けた。 「……じゃがジョースターとDIOの因縁はまだ終わっていなかった。ついこの前のことじゃ。海の底から一つの棺が引き上げられた……」 いつの間にかジョセフの口調は敬語ではなくなり、ジョセフの普段のそれになっていたが、ルイズはそれを注意することすら忘れていた。 孫と自分に起こった不可思議な力、スタンドの発現。娘の命を救う為に、仇敵を倒しに行く二ヶ月足らずの旅。信頼を寄せ合った仲間達の死、仇敵DIOとの死闘。 最後、孫の手で蘇った直後の救急車の中、現れた召喚の鏡。 「……わしはなんとしても、DIOをあの鏡に触れさせてはいかんと感じた。そしてその直感は当たっておった。この世界に彼奴が来ていれば、何もかもが台無しになる。わしらの旅だけじゃあない。この美しい世界が、彼奴の手に落ちた。 わしはDIOに近付いてきた鏡の前に飛び出し、DIOの死体を全て蹴り飛ばし、鏡に飛び込んで……ご主人様の使い魔になった。あやつをこの世界にやらんかっただけでも、わしはこの世界に来た意味がある。――こんなところですかの」 朝日の中に町並みが見えてきた頃になって、ジョセフの話は終わりを告げた。 だがルイズは、知らず知らず手綱を強く握り詰めていることしかできなかった。 (何を言えばいいの……何を答えればいいの……? ジョセフは……ただの平民、なんかじゃなかった……。もう旅が終わって、帰れるのに……ジョセフは何があるのかも判らないのに、この世界に来たんだ! 私がもし、ジョセフなら……ジョセフのような事が出来た? ううん……出来ない……きっと足がすくんで、ただ見ているだけ……『突然のことでどうしようもなかった』って言って……それで、終わりにしてる……) 本当は途中で、「もういい!」と打ち切りたかった。図書室で出会った彼女の言葉とジョセフの告白が合わさって、痛過ぎるほど心を抉る。 彼女はジョセフをカットされたアメジストだと称し、ルイズを掘り出してもいない原石だと言った。 だがそれは、ジョセフをかなり過小評価した例えだと、痛感していた。 ジョセフはアメジストどころか、ルビーそのものだ。 認めたくないが、石ころにルビーをあしらった滑稽な姿を今更鏡で見せつけられた。今まで自分が美しいと自負してきたものは、ただの石ころだったのだ。何がメイジだ。何が貴族だ。 私がヴァリエールの生まれでなかったら……何も、何も。 胸の奥から溢れたものを必死に押さえ込もうとして、それが不毛な努力にしか過ぎないことを、ルイズは強く自覚していた。 ここ数日、何回も湧き上がってきた感情と似て非なるもの。ジョセフを妬んで悔しくて泣いたのではない。自らの小ささを本当に知った、不甲斐なさからの涙だった。 「……ジョセフ……ごめんなさい、ごめんなさい……」 抑えきれない感情の発露。片手で手綱は握りながらも、もう片手は拭いても拭いても零れ続ける涙を拭うしかできなかった。 「お、おいちょっと待たんかルイズ。なんじゃどうした、今の話で何も泣くポイントないじゃろ? ちょっと止まるぞ、そんなんで馬乗っとったら危ないわい」 ジョセフは柄にも無く狼狽しながら、急いで留めた馬を木に繋ぎ止めると、それでもなお泣き続けるルイズに腕を伸ばして抱き下ろす。 ごめんなさい、ごめんなさい、とただ繰り返して泣きじゃくるルイズは、まるで本当の子供のようで。 泣き止ませることを早いうちに諦めたジョセフは、少々悩んでから。ままよ、と自らの身を緩く屈めて、ルイズを自分の胸に抱きしめた。 何が悲しくて泣いているのか、何を謝られているのか、ジョセフには全く理解できない。 何で悲しくて泣いているのか、何で謝っているのか、ルイズにも全く理解できない。 だから少女が泣き止むまで。二人とも、何も出来なかった。 やがて慟哭が嗚咽に変わり、しゃくり上げる様な声に変わってきた頃、ルイズは、ジョセフに抱きしめられていた自分を改めて自覚し……今になって、ジョセフを突き飛ばすように離れた。 「……き、気にしないでっ……」 気にするなと言われても何を気にしなくていいのか見当も付かない。ジョセフは、小さくため息を漏らし。引っかかれる危険を押して、ルイズの頭に手を伸ばし、撫でた。 だがルイズはその手を振り解くこともせず、ただ撫でられるままになっていた。 「気にしてくれるなルイズ。わしは見ての通りジジイで平民で使い魔じゃ。他の誰にも言わんから、気にせんかったらいいんじゃよ」 「そうじゃないの! 私はあんたより下なのよ! 劣ってるのよ! 『ゼロ』なのよ!」 キッ、とジョセフを見上げて睨みつけるルイズ。 泣いた理由の片鱗が、少しだけ理解できた。ジョセフは小さくため息をついて、苦笑した。 「わしがルイズんくらいの年にゃ、ただ毎日ケンカしとるだけのクソガキじゃった。努力とか訓練とかが死ぬほど大嫌いで、とにかく気に入らんことがあったら誰彼構わず殴りかかっただけのクソガキじゃった。 それに比べたら、ルイズの方が……」 「おためごかし言わないでッ! 私は昔のあんたを召喚したんじゃないわ、今のあんたを召喚したのよ! あんたに比べて、私なんか……私なんか、情けなさ過ぎるのよッ!」 「おっと、それ以上言っちゃいかん。それ以上言うなら、シタ入れてキスしちまうぞ」 なおも言葉を続けようとしたルイズの唇に、ジョセフの指先が当てられた。 「いいかルイズ。わしもかつて、自分の才能だけで突き進んで、こっぴどくボロ負けしちまった。じゃがな、わしはそこで今までの愚かさを自覚し、大嫌いじゃった修行に専念した。それもせんとただウジウジしとるだけなら、わしは今頃ここにゃおらんわい」 やっとしゃくり上げるのを止めたルイズは、泣き腫らした目で、それでもまだ何か言いたげにジョセフを見上げて、彼の言葉を聞いていた。 「わしの修行をつけてくれた師匠も先輩も友人も、みぃんなわしよりずっと上にいた。今、ルイズが感じている悔しさは、きっとかつてのわしが感じた悔しさじゃ。世の中の人間は、貴族だろうが平民だろうが、必ず自分の弱さにぶち当たった。 今のお前は、正にぶち当たったところなんじゃ。大切なのはぶち当たってから、どうするかじゃよ。うじうじ悩んでるのもよし、弱い自分をどうにかしようとするのも足掻くのもいい。 じゃがルイズ、お前さんには忘れちゃあいかんものがあるんじゃ」 頭に置いていた手を、肩に置き。両手でルイズの肩を掴んだジョセフは、彼女の目の高さと同じ高さに自らの視線を合わせた。 「お前さんにはお前さんを心配してくれる友達だって、お前さんを心配しておる使い魔じゃっておるッ! いいか忘れちゃならんぞ、お前さんは一人じゃないッ! 一人で悩むんも時にはいいッ、じゃが一人で何もかもしようとするのはただの傲慢じゃ! 人を信じて頼るのは弱さじゃあないッ! 自分の弱さを直視せず、自分に出来ないことを出来ると嘘を吐く、その行為自体が真の弱さじゃ! 少なくともわしは、そう信じておるッッッ!!!」 ぐっ、と肩を強く掴んで、彼女に言い聞かせる。 潤んだ鳶色の瞳が、ジョセフの瞳を、真正面から見つめ返した。 「……私、『ゼロ』よ? ジョセフみたいに、すごくもなんともない……それでも、いい?」 「言ったじゃろ。今は『ゼロ』でも構わん。いずれ、強くなるんじゃ……『わしら』は」 「……離してっ、肩痛いわよ、ボケ犬っ」 ルイズはジョセフの手から離れると、背を向けて。ごしごしと目元を袖で拭って、背を向けたまま口を開いた。 「……聞いてて、とっても恥ずかしかったわっ」 「同感じゃな。わしも言ってて死ぬかと思ったわい」 主人の憎まれ口に、ちっとも死にそうじゃない口調で返すジョセフ。 「……どさくさに紛れて恥ずかしいコトばっかり言ってっ。そんなこと言ったからって三ヶ月の食事抜きは覆らないんだからねっ! 心配してくれても、エサあげないんだからっ!」 ピンクの髪の間から微かに覗くルイズの耳が真っ赤なのを、ジョセフは見た。 「そんだけ大口叩いたんだから、ちゃんと責任持って私が強くなるまでいなさいよっ! 思い切り頼ってこき使うわ、覚悟なさい! それから、それからっ……私が泣いた、なんて他の誰かに言いふらしたらっ……絶対に、ぜーったいに、許さないんだからね!? 絶対誰にも言わないでよっ!?」 振り返ったと同時に杖をジョセフの鼻先に吐き付けるルイズは、まだ顔は赤いままで。けれど、ジョセフを見上げる目は。今までとは、決定的に違っていた。 ほんのちょっと、ほんのちょっとだけ――優しかった。 「墓場まで、持って行くことにしますわい。ご主人様?」 ジョセフの笑みは、今までと変わらず。どうしようもないくらい、優しかった。 「さっ、つい道草食べちゃったわ! 早く行かないと店が閉まっちゃうじゃないボケ犬!」 ピンクの髪を勢い良く風になびかせ。木に繋いでいた馬へ歩いていき……ジョセフはその後姿を、微笑ましげに見つめて、その後ろを歩いていった。 To Be Contined →
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/56.html
第一部『ゼロのルイズ』 ■ DIOが使い魔!?-1~10 ├ DIOが使い魔!?-1 ├ DIOが使い魔!?-2 ├ DIOが使い魔!?-3 ├ DIOが使い魔!?-4 ├ DIOが使い魔!?-5 ├ DIOが使い魔!?-6 ├ DIOが使い魔!?-7 ├ DIOが使い魔!?-8 ├ DIOが使い魔!?-9 └ DIOが使い魔!?-10 ■ DIOが使い魔!?-11~20 ├ DIOが使い魔!?-11 ├ DIOが使い魔!?-12 ├ DIOが使い魔!?-13 ├ DIOが使い魔!?-14 ├ DIOが使い魔!?-15 ├ DIOが使い魔!?-16 ├ DIOが使い魔!?-17 ├ DIOが使い魔!?-18 ├ DIOが使い魔!?-19 └ DIOが使い魔!?-20 ■ DIOが使い魔!?-21~30 ├ DIOが使い魔!?-21 ├ DIOが使い魔!?-22 ├ DIOが使い魔!?-23 ├ DIOが使い魔!?-24 ├ DIOが使い魔!?-25 ├ DIOが使い魔!?-26 ├ DIOが使い魔!?-27 ├ DIOが使い魔!?-28 ├ DIOが使い魔!?-29 └ DIOが使い魔!?-30 ■ DIOが使い魔!?-31~40 ├ DIOが使い魔!?-31 ├ DIOが使い魔!?-32 ├ DIOが使い魔!?-33 ├ DIOが使い魔!?-34 ├ DIOが使い魔!?-35 ├ DIOが使い魔!?-36 ├ DIOが使い魔!?-37 ├ DIOが使い魔!?-38 ├ DIOが使い魔!?-39 └ DIOが使い魔!?-40 ■ DIOが使い魔!?-41~48 ├ DIOが使い魔!?-41 ├ DIOが使い魔!?-42 ├ DIOが使い魔!?-43 ├ DIOが使い魔!?-44 ├ DIOが使い魔!?-45 ├ DIOが使い魔!?-46 ├ DIOが使い魔!?-47 └ DIOが使い魔!?-48 第二部『ファントム・アルビオン』 ■ DIOが使い魔!?-49~50 ├ DIOが使い魔!?-49 └ DIOが使い魔!?-50 ■ DIOが使い魔!?-51~60 ├ DIOが使い魔!?-51 ├ DIOが使い魔!?-52 ├ DIOが使い魔!?-53 ├ DIOが使い魔!?-54 ├ DIOが使い魔!?-55 ├ DIOが使い魔!?-56 ├ DIOが使い魔!?-57 ├ DIOが使い魔!?-58 ├ DIOが使い魔!?-59 └ DIOが使い魔!?-60 ■ タバサの安心・キュルケの不安 ├ タバサの安心・キュルケの不安-1 ├ タバサの安心・キュルケの不安-2 ├ タバサの安心・キュルケの不安-3 ├ タバサの安心・キュルケの不安-4 ├ タバサの安心・キュルケの不安-5 └ タバサの安心・キュルケの不安-6 ■ 親友 ├ 親友-1 ├ 親友-2 └ 親友-3 外伝 ~『恋愛貧乏、モンモランシー』~ 外伝~オスマンの過去~-1
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/1304.html
「ちょっと、どこ行くのよ」 ゴーレムの肩から飛び降りようとする仮面の男に、土くれのフーケは非難めいた 口調で問いかける。 「ヴァリエールの娘を追う」 「わたしはどうするのよ」 「貴様は時間を稼げ 船が出港したならば後は好きにしろ」 合流は例の酒場で、と最後に言い残して男は宵闇に消えた。 男の去った方向を忌々しげにねめつけて、フーケはチッと舌打ちする。 「勝手な男だね全く・・・ま、これであいつともおさらば出来るわけだけど」 一方酒場では、降り注ぐ矢の雨にその身を晒しながらギーシュのワルキューレが 厨房へと走っていた。次々と突き刺さる鏃に身体をよろめかせながらも、どうにか 目的地へと辿り着く。 「本当にそう上手くいくかなぁ」 とぼやきつつも、ギーシュはキュルケの指示を遂行する。ワルキューレを操って 油の張られた鍋を乱暴に掴ませ、入り口に向かってそれを投げさせた。 「弱気になってちゃ、出来るものも出来なくなるわよッ!」 語尾に気合を込めてそう言うと、キュルケは素早く立ち上がって入り口に ぶちまけられた油に点火する。こんな時でも余裕を忘れない表情でキュルケが 再び杖を振ると、威勢のいい音を立てて炎が燃え上がり、今まさに中に踏み込もうと していた傭兵の一隊に容赦なく襲い掛かった。ごうごうと唸りを上げて燃え盛る 火炎に巻かれて一も二もなく逃げ出す彼らに、キュルケは追撃の手を休めることなく 杖を掲げて呪文を唱え続ける。敵に身を晒す彼女に罵声と共に無数の矢が射掛け られるが、とっくに読んでいたと言わんばかりにタバサが風で弾き飛ばし、その風を 使ってそのまま敵陣に炎を運び込む。怒涛の如く攻め立てる猛火に隊としての 統率もなくして逃げ回る彼らを満足げに眺めて、キュルケは優雅に一礼した。 「名もなき傭兵の皆様方 こんなにたくさんの鏃、わたくしとっても感激しましたわ お礼と言ってはなんですけれども、この『微熱』のキュルケ、精一杯お相手させて いただきますわ」 意思を持つかのように自由自在に襲い掛かる炎に、魔法の使えない傭兵達は 弓矢を放り出してなすすべもなく逃げ出した。どこからか調達した水をかぶって 突撃を敢行した一団もあったが、それもタバサのエア・ハンマーで丁重に追い 返されていた。そんな様子を俯瞰して、フーケは呆れたように首を振る。全く 使えない奴らだと思ったが、目的は足止めなので傍観を決め込むことにした。 そしてそのまま二分が経ち三分が経ち――五分が過ぎる頃には、殆ど全ての 傭兵が散り散りに逃げ出していた。 フーケはちらりと桟橋の方向に眼を遣る。船はまだ出港してはいないようだった。 「やれやれ・・・命を助けられた恩だけは返さないとね」 土くれのフーケは一つ嘆息してそう言った。 「十秒以内に出てきな!宿ごと潰されたくないならね」 聞き覚えのある声が上から降ってくる。ギーシュは不安げな顔で二人を見た。 「ど、どうする?」 「どうするって・・・出るしかないでしょ」 キュルケの言にタバサが頷いて同意の意を示す。フーケの秒読みが聞こえる 中素早く二言三言言葉をかわし、彼女達は入り口目掛けて一気に走り出した。 飛び出して来たキュルケ達を見てフーケは口を開いたが、その口から言葉が 出る前に彼女目掛けて逆巻く風に乗せて炎と石塊が撃ち出された。 「なッ!?」 いきなりの攻撃に面食らいつつも、フーケは自身にそれらが着弾する前に なんとかゴーレムの手を割り込ませる。 「このッ・・・ものには順序ってもんがあるでしょうが!」 怒りを露にして再び地面を睨むが、 「・・・!?」 彼女の視界には誰一人として映らなかった。 左下からゴォッという音が聞こえ、眼前の光景に驚きながらもフーケは 反射的にゴーレムの掌をその方向に向ける。当てずっぽうな動きでは あったが、そうして突き出された手は見事にキュルケの火球を受け止めた。 しかし一瞬遅れてキュルケを見たフーケは、またも目を疑った。その場に居た のはキュルケ一人――ギーシュとタバサはどこにも見当たらなかったのだ。 ――まさか!? フーケはゴーレムごと半壊した宿屋を向いていた身体を捻る。肩越しに見た 後方では、フーケに無防備に背を向けてタバサが疾走していた。タバサの 行く手からは、彼女の使い魔シルフィードが翼を羽ばたかせて猛然と 接近している。 「あの風竜で船まで逃げようってわけかい!そうはさせないよッ!」 フーケのゴーレムは乱暴に宿屋から崩落した岩塊を掴む。 ドシュゥゥゥッ!! その手から投げられた岩石は風を切り裂いてシルフィードに迫り、 「きゅい!?」 面食らった風竜は岩の弾丸を避けたまま、螺旋を描いて上空高く逃げて しまった。フーケはニヤリと笑うと、杖を振りながらタバサを見下ろす。 「ツメが甘いのよおチビちゃん!」 フーケの言葉に呼応するかのように、ゴーレムの足元からは四体の 甲冑の騎士が生まれ出す。武器を持たないその騎士達は、二体がタバサ、 二体がキュルケに徒手空拳で躍りかかった。二人はそれぞれ風と炎で 応戦するが、トライアングルの中でも上級に位置するフーケの錬金は そうたやすく破れるものではない。逃げ回りながら奮戦するタバサ達だが、 後ものの数十秒でフーケの騎士が彼女達を捕らえるであろうことは火を 見るより明らかだった。 大ゴーレムに続く騎士達の練成でかなりの精神力を消耗し、フーケは 若干荒い息を吐きながら笑う。 「諦めなさいな チェックメイトよお嬢様方」 「僕を忘れてないかい?ミス・ロングビル」 突如聞こえたその声にしまった!と心で叫ぶがもう遅い。フーケが声の する方へ振り返るのと、ギーシュのワルキューレが半壊状態のベランダ から跳躍したのはほぼ同時だった。フーケが呪文を唱える間もなく、 拳を振りかぶったワルキューレはその射程に彼女を捉えていた。 「女性に手を上げたくはなかったんだが、僕の友達の為なんだ 許してくれたまえ」 余裕ぶった口調と裏腹に、冷や汗をダラダラ流す顔を笑みの形に歪めて ギーシュが言う。その言葉にフーケが痛みを覚悟する前に、ワルキューレの 拳がフーケに容赦なく炸裂した。 「うぐッ・・・!!」 脇腹を強かに殴り抜かれて、フーケはゴーレムの肩から吹っ飛ばされた。 ――・・・ッ!中々のコンビネーションだわね・・・でも甘いわッ! 頭から宙に放り出されても、フーケは闘志を失くしていない。己の右手に杖が あることを確認し、冷静な心でレビテーションを―― 「きゃああっ!?」 いつの間にか接近していたシルフィードに腹をがっちりくわえられ、フーケは 思わず杖を取り落としてしまった。 「かかか、勝ったのかい僕達は!?」 「うるさいわよギーシュ ほら、よく見なさい」 キュルケとタバサに駆け寄って、興奮と不安の入り混じった口調で落ち着きなく 問い掛けるギーシュを軽くたしなめて、キュルケは楽しそうに宣言した。 「勝利よ わたし達のね」 杖を折られて、フーケは地面に横たわっていた。腰に両手を当てた格好で キュルケが正面から彼女を見下ろしている。緊張が解けたのかその場にへたり 込んでいるギーシュの横には、きゅいきゅいと嬉しそうに鳴くシルフィードの 頭を撫でて労うタバサがいた。 「シルフィードに岩を投げられた時は肝を冷やしたわ」 そう言ってキュルケは肩をすくめる。作戦が失敗したら、即座にシルフィードで 逃げるつもりだったのだ。シルフィード自体には当たらなかったが、あの投石は それでも十分すぎる効果を発揮した。もしギーシュの不意打ちが失敗していれば、 シルフィードが戻ってくるより早くキュルケとタバサはやられていただろう。 勝利を喜びながらも、彼女達は己の甘さを思い知った。 「さて、牢獄に叩き込まれる前に何か言っておくことはあるかしら?ミス・ロングビル」 一応杖を握ったまま、キュルケはフーケに尋ねる。フーケは勝者の余裕を見せる キュルケをキッと睨み―― 「お願い!見逃して頂戴!」 がばっと頭を下げた。予想だにしないフーケの行動に、キュルケは目を白黒させる。 「は、はぁ?何言ってるのよあなた」 「まだ売り払ってない盗品を全部あげてもいいわ!だからお願い!」 プライドも捨て去って殆ど倒れ込むような形で土下座するフーケを、キュルケは 信じられないといった顔で見下ろす。 「あなた、自分がしたこと忘れたわけ?わたし達を殺そうとしておいてよくもまぁ そんなことが言えたものね」 「そのことは謝るわ!本当よ!あの男・・・ギアッチョに殺されかけて、そして 地下の牢獄で死刑を待つ身になってわたしはようやく命の大切さを思い出したわ あんた達と同じ、わたしにも守るべき人がいる・・・ その子達の為にわたしは 死ぬわけにはいかないのよ」 フーケは必死の面相で訴えるが、キュルケは呆れたように首を振る。 「いい加減になさい 今時そんな嘘を一体誰が信じるって言うのよ」 「嘘じゃないわ!その証拠にさっきあんた達が宿から出て来るまで待ってた じゃない!やろうと思えば宿屋ごと踏み潰すことも出来たのよ!」 ギーシュは見ていられないという顔で、タバサはいつも通りの無表情でフーケを 見つめている。乱れた服の裾を直そうともせず、フーケは思わず同情して しまうほど哀れに助けを乞うている。キュルケもちょっと困った顔を見せたが、 破壊の杖の一件を考えるとフーケに同情の余地はない。 「・・・悪いけど、あれだけ躊躇なく人を殺そうとしてくれた後でそんなことを 言われても全く信じられないわ みっともない命乞いはやめなさいよ」 その言葉に、フーケは弾かれたように起き上がった。 「ッ!?」 「どれほど惨めだろうがみっともなかろうが・・・あの子達の為に私は生きなきゃ ならないのよッ!」 上半身を起こして、フーケは懐から何かを抜き放つ。双月を反射して鈍色に光る それは、およそメイジには縁のないもの――ナイフだった。 基本的に、メイジは剣を持たない。杖を差し置いて剣を持つなどということは、 杖で生きる彼らにとっては恥ずべきことであった。にも拘らずフーケは懐に ナイフを忍ばせ、迷うことなく引き抜いたのである。それに気付いてキュルケ達が 驚いた瞬間、フーケはシルフィードに飛び掛った。シルフィードに乗って何とか 逃げ切ろうとするフーケの賭けは、しかしタバサのウインド・ブレイクによって あっさり挫かれる。叩きつけられた風で彼女のナイフは後方へ弾かれ、彼女 自身もまた風を受けて仰向けに倒れこんだ。 「あぅッ!」 「・・・本当に、何としても逃げ出すつもりってわけね」 キュルケは一つ溜息をつくと、努めて感情を殺した顔でフーケを見る。 「だけどダメよ 今更あなたは信じられないわ」 「ほら、行くわよ!」 町の衛士に突き出そうと、キュルケはフーケの腕を取る。 「ま、待ってくれたまえ!」 しかしフーケを引っ張り起こそうととする直前、ギーシュがキュルケを呼び止めた。 「何よギーシュ、信じるって言うの?」 綺麗な顔に困惑の色を浮かべて彼女はギーシュを見る。ギーシュはまだ迷って いるようだったが、意を決して口を開いた。 「ぼ・・・僕はフーケを信じるべきだと思う 勿論彼女の行動が肯定出来る わけじゃないが、彼女の言っていることは僕にはよく分かるんだ」 その言葉に、フーケが驚いた顔でギーシュを見る。 「命を失うような目に遭えば、多かれ少なかれ人は変わる・・・僕もそうだった 散々馬鹿にされた挙句に自分の魔法で殺されかけて、僕はようやくルイズの 受けていた屈辱が理解出来た きっとフーケも同じなんだと思う 眼前に己の死を突きつけられて、彼女はやっと死の恐怖が理解出来たんだ そして、己の死によって彼女の言う守るべき人達が一体どうなるのか・・・ それすらも、彼女はそこで初めて理解したんだと僕は思う」 ギーシュは真剣な眼でフーケを見据える。 「・・・ギーシュ」 キュルケは何か言おうとしたが、この上なく真面目な彼の眼を見て黙り込んだ。 キュルケに申し訳なさそうな顔を向けて一言「ありがとう」と言って、ギーシュは フーケの前にしゃがみこんだ。 「フーケ・・・いや、ミス・ロングビル 僕にはあなたにメイジとしての誇りが あるかは分からない ・・・だから、あなたが守るべき人達にかけて誓って欲しい これからはその人達の為だけに生きると」 その言葉に、フーケは肩を震わせて俯く。その口から小さく、しかしはっきりと こぼれた「誓います」という一言に、ギーシュは満足げに頷いて立ち上がった。 「すまないキュルケ・・・でもきっと大丈夫だよ 僕には分かるんだ」 自信に溢れる笑みでそう言うギーシュに、キュルケは溜息をついて笑う。 「全く・・・あなたって、本当にバカよね」
https://w.atwiki.jp/familiar_spirit/pages/602.html
今、観衆達はただ唖然としていた。 魔法も使えないはずの平民は、ゴーレムをことごとく打ち倒すだけではなく、奇妙な『何か』を使ってゴーレム達の動きを止めるという事までして見せた。 そして今、ギーシュの右手は平民の左手が固く握り込んでいる。生殺与奪の権利を掌握された、ということだった。 「ま、まいっ……」 体面を守ることすら忘れて、恐怖に押しやられ「参った」の言葉を叫ぼうとするギーシュ。 ……だが。 ビリッと来たァ! 握られている右手から、まるで雷が走ったかのような感覚を受けて、言葉が断ち切られた。 「降参するのはまだ早いぞ。お坊ちゃんにはやってもらうことがある」 (なんだ!? これ以上僕に何をさせようと言うんだ!? 一体、僕に何を!?) 恐怖を通り越して絶望に至りかけているギーシュに、ジョセフはただ静かに言った。 「お前さんが二股かけてたレディ二人と、お前が八つ当たりしたシエスタに今すぐこの場で謝罪せい。 それをせん限り、わしはお前の負けを認めはせん。こいつぁ決闘なんじゃからな、ここで死のうがどうなろうが構いやせんよなあ?」 そう言って、ギーシュの眼前で右拳を握り締めるジョセフ。 何気なく見せられる拳は、ワルキューレを破壊する兵器なのだ。もしあれで殴られればどうなるのか……考えるまでもない。 初めて死に直面した少年は、気付いた時には首を縦に振っていた。 「わ、わかった……謝る、だから手を離してくれないか……僕だって男だ、決闘相手に手を握られたままレディに謝罪するような無様な真似はしたくない。 謝るなら、彼女達に向き合って謝りたい……」 「いいじゃろ」 ジョセフはあっさりと手を離す。 「……感謝する」 指の痕さえついた右手を摩りながらも、薔薇は離さないまま。生徒の人垣に視線をめぐらせ、まず金髪の縦ロールの少女を見つけ、大きく頭を下げる。 「僕が不甲斐なかったせいで君を傷つけた! 心から謝罪するよ、モンモランシー!」 続いてもう一人の少女を見つけると、彼女にもまた大きく頭を垂れた。 「ケティ、君の気持ちは嬉しかったが……僕にはモンモランシーがいるんだ! だから君とのお付き合いはここまでにしてくれ!」 そして最後に、シエスタに視線を向けた。 彼の貴族としてのプライドが、果たして平民に頭を下げていいものか悩むが……(平民とは言え、彼女はれっきとしたレディだ)と、ギーシュは意を決した。 「申し訳ない! ええと……」 ちら、とジョセフに視線をやり、小声で「彼女の名前を教えてもらいたい」と囁いた。 「シエスタじゃ」 「シエスタ、こんな事を言えた義理じゃないかもしれないが、僕の八つ当たりで関係ない君にも迷惑をかけてしまった! 心から謝罪を申し入れたい!」 そう言い切ってから、深々と頭を下げる。そして頭を上げて、ジョセフを見やった。 「ミス・ヴァリエールの使い魔。寛大な心に感謝する。……降参を許してくれるか?」 「許す……と言いたいが、シエスタを侮辱されたわしの分も残っておる。成る丈手加減してやるから、歯ぁ食いしばれ」 ジョセフの言葉にうぁ、と小さくうめき声が漏れたが、判った、と覚悟を決めて目をつぶり、歯を食いしばった。 人間は殴られれば数メイル吹き飛ぶということを、この場に居合わせた全員が知ることになった。頬を赤く腫らして倒れたギーシュの手からは、薔薇が落ちている。 つまり。 「使い魔の、勝ちだああああッッッ!!」 ド、と広場に歓声の渦が巻き起こった。 「ジョセフさん!」 これまでの経過を懸命に見守っていたシエスタが、弾かれたようにジョセフへと駆ける。 貴族との決闘を終えたというのに、まったくの無傷で立っているジョセフ。平民の自分に貴族が謝罪したという事実。 駆け寄ってみて、それが夢ではなく現実だということが、改めて理解でき……込み上げて来る感情を抑えきれず、彼女の両目からは涙がぽろぽろと落ちていった。 「泣くな泣くなシエスタ。こりゃわしの個人的な決闘じゃ、心配かけてすまんかった」 泣きじゃくって言葉の出ないシエスタを、安心させるように頭をぽんぽんと撫でてやり。 それから、今しがた殴り飛ばしたギーシュに視線を向けた。 起き上がるでもなく、ただ空を見上げているギーシュの側へ歩み寄ると、声をかけた。 「生きとるか、色男のお坊ちゃん」 「……色男が台無しになったかもしれないよ。手加減すると言ったじゃないか」 苦笑しながら憎まれ口を叩くギーシュの横に、ジョセフはからからと笑いながらあぐらを掻いた。 「あのワルキューレ達のようにならんかったんじゃぞ? 手加減するのに苦労したわい。どれ、ちっと大人しくしとれ。今からちょいと色男を治してやろう」 そう言うと、ジョセフはギーシュの頬に手をかざし。ゆっくりと練った波紋を送り込んでいく。 今度こそ、ジョセフがほのかに光ったのを観衆は目の当たりにした。 「……なんだ、その光は? 君も……メイジだったのか?」 ぼんやりと問うギーシュに、ジョセフはごく当たり前のように答えた。 「うんにゃ、わしゃメイジじゃないんじゃ。これは生まれつき出来ることじゃからな……魔法と言うのは勉強しなきゃ使えんのじゃろ?」 「……まあその通りだ。それに……君の光は何だか心地がいい。何だか本当に痛みが引いていく気がするよ」 「気がするよ、じゃなくて本当に痛みを引かせておる。なぁに、こんぐらいならすぐ治るぞ。色男のお坊ちゃん」 ジョセフの呼びかけに、ギーシュはまた苦笑を浮かべた。 「……残念だが僕は色男のお坊ちゃんじゃない。ギーシュ・ド・グラモンだ。ギーシュと呼んでくれて構わない」 「そうか。わしは世界で一番カッチョイイナイスガイ、ジョセフ・ジョースターじゃ。なんじゃたらジョジョ、と呼んでくれて一向に構わん。 ところで、さっき謝った中に本命がおったようじゃな。モンモランシー、じゃったか。決闘に負けて恥を晒したついでじゃ。 騙されたと思って老いぼれの戯言を聞いてみんか」 訝しげに眉を顰める彼に、ジョセフは耳打ちをする。 最初のうちこそ疑い半分に聞いていたが、少しずつ彼の目が驚きで見開かれていく。 「ジョっ…ジョセフ、そんな手が……?」 「ジョジョでいいと言うたじゃろ。もうこんだけ恥をかいたんじゃ、ざっくりとやっちまえ。言うとくが効果覿面じゃぞ、二度と二股なんぞかけられんようになるくらい懐かれるわい」 「……もし逆効果なら、今度は僕から決闘を挑むぞ。ジョジョ」 不敵に笑うギーシュに、ジョセフは同じく不敵な笑みを返した。 「そん時ゃ、一発くらい殴らせてやるわい。ほれ、終わりじゃぞギーシュ」 気付けば、ギーシュの頬からは痛みがすっかり引いていた。先程宙を飛ぶほど殴り飛ばされたはずなのに、まるで腕のいい治癒魔法をかけられたかのような清々しさだ。 これからしばらくは学院中の笑い者になるだろうが、それはそれで構わない。 あの瞬間に感じた死の恐怖と比べれば、その程度の屈辱なんて物の数にも入らない。 「ところでジョジョ。色男にかまけて泣いてるレディを放って置くのは感心しないな。早く行ってやりたまえ、何と気が利かない」 シッシッ、とわざと邪険に手を振りながら立ち上がるギーシュに、ジョセフは後ろを振り返り、まだ泣きじゃくりながら顔を袖で拭いているシエスタへ慌てて駆け寄った。 厨房へ戻った二人を待ち受けていたのは、決闘を挑んだ直後よりもお祭り騒ぎな厨房の使用人の大歓迎だった。 ジョセフは揚げたてのフライドチキンと上物のワインを堪能したついでに、マルトーに自分好みのアメリカンなファーストフードの作り方を幾つか教えてから部屋に戻る。 ノックしてもしもぉ~し。 しかし、返事はない。鍵もかかっていない。 そっと扉を開けて中をうかがうと、ルイズは不在のようだった。 ジョセフはとりあえず、部屋の片隅に敷いてある毛布に腰掛けて主人の帰りを待つが、結局ルイズは夕方になるまで戻ってこなかった。 ジョセフは、結局心配になって様子を見に来たルイズが、決闘の経緯を目撃したことを知らなかった。ワルキューレを素手で破壊したのも、ギーシュに敗北を認めさせたのも、ギーシュを波紋で治したのも、全て。 ルイズは部屋に帰ってきてジョセフを見るなり、たった一言、怒鳴りつけた。 「アンタは三日三晩食事ヌキなんだからっっっ!!」 そして足音も荒く、扉を全力で閉めてから食堂へと向かう。 主の出て行った扉を見て、ジョセフは「難しい年頃じゃのう」と他人事のように考えていた。 次の日、モンモランシーが嬉しそうに頬を染めて腕にしがみ付いているギーシュから満面の笑みで「ジョジョ! 君は何と素晴らしい友人だ……心の友と呼んでいいかい!?」と申し出があったのを快諾し、キュルケの全力のアプローチを受けて鼻の下を伸ばすことになり。 そして不機嫌な主人から一週間食事ヌキの罰を言い渡された後、厨房でアメリカン料理の試作品を堪能しながら、シエスタに下にも置かせぬ丁重な扱いをされることに御満悦だった。 「こっちの暮らしも悪くないのう……もうしばらくこっちで宜しくやっちまうかァ!」 実の母親から「この子はいずれとんでもない大悪党かとんでもない大人物になる!」と称されたジョセフ・ジョースター。 彼の人心掌握術は、トリステイン魔法学院に年季の違いを見せつけまくっていたッ! To Be Continued →